2009年05月02日

カルティエ現代美術財団

パリのラスパイユ通りに面したカルティエ現代美術財団 (Fondation Cartier pour l’art contemporain)を訪れたのは2006年の今頃である。開催されていたのは、『横尾忠則展』だ。
緑に囲まれたカルティエ財団のガラスの建造物が、『状況劇場』のポスターなど、昭和の匂いに満たされるのは愉快なことであった。

*写真を掲載していますので、下記いずれかのブログへ移動下さい。
http://ameblo.jp/site-tate-tale/entry-10253462522.html
http://sitetate.exblog.jp/9675402/



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2009年05月03日

鹿児島発の文化を考える

公私に渡りお世話になっている城ヶ崎悟画伯についてインターネットで検索すると、私のブログも上位にヒットする。

今年も個展を開催するとの案内をいただいていたが、その記事を南日本新聞(鹿児島の地方紙)にも見つけたのは昨日のこと。
『風の器』と題された展覧会は、6月30日まで鹿児島市の三宅美術館で開催中で、私もゴールデンウイーク中にお邪魔する予定だ。
三宅美術館:http://cgi5.synapse.ne.jp/~miyake-art/web/

ところで、春まだ遠い霧島山麓の旅行人山荘にて、城ヶ崎悟画伯、そして、地元のアートプロデューサーの早川由美子さんとの鼎談を収録した鹿児島インターネットテレビの番組については、未だお知らせしていなかった。

表現の何たるかは城ヶ崎さんと思いは同じだ。
地方都市故必ずしもレベルの高い作家ばかりではない中、それでも表現の場を提供し続けようと試行錯誤する早川さんの慈悲深い姿勢には、頭が下がる。

雑談の中から飛び出したそれぞれの思いを、鹿児島インターネットテレビの徳丸洋子さんが丁寧に編集されているので、お時間をいただければと思う。
鹿児島発の文化を考えるvol.1 芸術と夢 in 旅行人山荘

*城ヶ崎さんの「さき」の正字は、山偏に立可。

http://ameblo.jp/site-tate-tale/entry-10253665732.html
http://sitetate.exblog.jp/9676851/
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君の知らないメロディー

初めての蹉跌は母の死であった。
高校生だった私は、燈台のない闇夜に漕ぎ出す海図も羅針盤もない人生航路に、途方に暮れるしかなかった。

学校に行かず家で寝転がってラジオを聴いていると、流れてきたのが忌野清志郎さんの『トランジスタラジオ』である。
コード進行はメジャーだし、軽快なリズムに乗せてはいたが、乳離れの遅い同級生にはかわるはずのないélégie(エレジー)そのものであった。

ローリングストーンズのステージの感想として、『孤独感が消えた』と忌野清志郎さんは言ったらしい。その彼がリードボーカルだったRCサクセションこそ私の孤独感を払拭してくれた。『トランジスタラジオ』は孤独の応援歌でもあった。

私にとって最後のロックシンガーだった忌野清志郎さんは、老醜をさらすことなくロックシンガーらしく見事に散った。しかし、寂しい。
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2009年05月06日

2009年05月07日

Shéhérazade(シェラザード)

昨夜、路上で騒ぐ若人の声で目覚めたのは2時半のこと。
注意して解散させるも、目が冴えてしまい、冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
ショッピング番組ばかりのテレビは退屈である。
ビールはいつしか赤ワインに変わる。
3時過ぎに新聞配達のバイクが走る。

パリは夜の8時だと思い立つ。
ギャルソンが給仕する銀器やグラスの音。そして、肉をソテーする香り。
アパルトマンの裏庭に響くカフェの賑わいが、Radio Classiqueを聞きながらの追憶で蘇る。
http://www.radioclassique.fr/

リムスキー・コルサコフのシェラザードは孤独な夜の伴であった。


http://sitetate.exblog.jp/9715553/
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2009年05月22日

鹿兒島案内記…1

記事に使用されている旧字や旧仮名遣いが、LOVELOGでは文字化けしますので、以下のいずれかのブログへお越し下さい。

http://ameblo.jp/site-tate-tale/entry-10266072686.html
http://sitetate.exblog.jp/9762285/

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2009年05月23日

ランスの碧

2005年9月。シャンパーニュの取材で降り立ったのは、フランス国鉄でベルギーへ向かう途中の、つまりパリから北東へ2時間弱のランスと云う街である。

大農業国であるフランスの街は、パリ以外どこもいなかだが、ランスも例外ではなく、歴代のフランス国王の戴冠式が行われたノートルダム大聖堂の偉容を目指せば迷子になることはない。

そのノートルダム大聖堂はマルク・シャガールの薔薇窓でも有名だが、海底に差し込む揺らめく陽光のように蒼いステンドグラスを目の当たりにし、肉体労働を専らとする俳優は野卑な芸術家だと思ったものだ。
瞬発力を要する俳優は、画家のように心の詩人に問いかける時は稀で、だからこんな紺碧を思い描くことはない。

今、日本の南端の地方都市の揺蕩う時の中で、私の心の詩人は赤子のように眠り続けている。
俳優時代のようには肉体も動かず、心だけが混沌とした色に保たれている。

http://ameblo.jp/site-tate-tale/entry-10266270831.html
http://sitetate.exblog.jp/9763699/

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2009年05月28日

ドルマバフチェ宮殿のシャンデリア…1

親日国としても有名なトルコ共和国は、私が訪れた唯一のイスラム国である。
そのトルコ最大の都市イスタンブルの観光名所であるドルマバフチェ宮殿は、ボスボラス海峡の波頭に映える白亜の殿堂だ。
ドルマバフチェと言えば各広間に設えられたバカラのシャンデリアでも膾炙しているが、パリで愛用していたノート型Macintoshに、それらの写真が埋蔵されていたのでご披露したい。
ヴェルサイユの豪奢さには敵わぬが、私にはドイツ・ヴュルツブルクのレジデンツに並んで印象深い"城"である。

*写真は下記いずれかのブログで。
アメーバブログ
エキサイトブログ

*過去の記事もご参照下さい。
イスタンブル1
イスタンブル2
イスタンブル3
トルコ料理
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2009年05月29日

宵待ち

光は天国から射られている。
風は桃源郷を抜けるようにやさしく、空には天馬の如き白雲が踊る。
恵まれた天年自然に豊かな食。そんな鹿児島での暮らしも2年半、竜宮のような時が流れている。

万年筆のインクを求めに出かけたのは、そんな鹿児島の、夏至を前に長くなる日がようやく終わる頃であった。風はすゞやかである。

勉強でお疲れなのだろう。下校するラ・サール高校の生徒たちが居眠りする路面電車を降り、夕方の買い物客や勤め帰りの人々の往来する天文館と呼ばれる商店街を文房具店へ向かう。
人々の視線を感じるのは、パリで購入したマルタン・マルジェラの白いジャケットが鹿児島では目立つからであろう。

アーケードに入るとすぐに出会ったのは、近くで歯科医院を開業する高校の同級生のボブ君である。歯科医師会の重鎮でもあるボブ君は、勉強会だ懇親会だと夜な夜な街へ繰り出しているようで、今宵もと言いながら満更でもなさそうだ。
立ち話をしていると、父の同級生のKさんが通りがかり「よっ」と手を挙げる。父の葬儀でお世話になったことの礼を早口で申し上げる。

私とは逆方向へ去ったボブ君を見送りながら、そろそろ歯科医師会の会報に寄せるエッセイに取りかからなければならないことを思い出す。

老舗の鰻屋から勢いよく吹き出す美味そうな香に気を取られながらも、私が子供の頃は洋品店で、最近は何の店だったか思い出せないシャッターが閉ざされている一画に気付く。来月には大手の紳士服量販店になるらしい。向かいでは下着屋のポスターの白人モデルが艶かしい。

『成功する云々』というタイトルが目立つのは、寄り道して素見した書店の平台だが、ここで出くわしたのは、先週末の同級生の結婚披露宴でも同席したY君である。一族の会社の役員になるため、数年前に鹿児島へ戻って来たY君も、今宵ひとつふたつ会合をこなすという。鹿児島は酒席(飲ん方という)が多い。

文房具店は島津斉彬を祀る照国神社の参道沿いにある。ここの店長のMさんと短い世間話の後、インクを見繕っていただく。長居したわけではないのだが、店を出るとそれ相応に黄昏が街を支配している。

帰路には別の通りを選んだところ、中学の同級生で鞄屋を営むT太郎君が丁度店先に出てきた。商売柄か性格なのか、いつも短く髪を整えている彼と、友人の消息を腕組みなどしながら、さも大事そうに確認し、電車通りへ戻る。

客引きが「いかがですか」と囁き、今風に茶色く染めた髪を頭頂に盛るホステスが急ぐのは、投網の如く縦横無尽に電線が張り巡らされた文化通りと呼ばれる飲食店街で、既にネオンが眩しい。この通りで出会ったのは、昨年、互いの父親の葬儀に参列し合うことになった食品会社社長のI君だが、客を連れていた彼とは「またゆっくり」と、二三言交わしたのみであった。

一駅先まで歩き、路面電車を待つ。
やって来た電車には、市役所に勤めるSさんが乗っており、混んだ車内でサッカー部のOB会の予定などを伺う。

南の街の人々は、静かに夏を待っている。
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2009年05月30日

ドルマバフチェ宮殿のシャンデリア…2

トルコ共和国の初代大統領で、父なるトルコ人を意味するアタテュルクの姓を持つムスタファ・ケマル・アタテュルクは、明治維新を参考にトルコの近代化を推進したという。
中央アジア発祥の同じ民族で、西進したのがトルコ人、東へ向かったのが日本人、故に我々は兄弟であると言うトルコ人の親日家振りを、私たち日本人はもっと知るべきである。

http://ameblo.jp/site-tate-tale/entry-10270705608.html
http://sitetate.exblog.jp/9794058/

posted by テイト at 11:43| Comment(6) | カテゴリ無し | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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